私の離婚体験談

私の訴え~正式に離婚できるまで

元夫にドタキャンされたので、私の訴えだけ先に聞いて頂くことになりました。取り乱さずに話ができるよう、文章を用意していたのですが、やはり泣かずに訴えることなどできず、私の訴えは涙に埋もれてしまいました。元夫がドタキャンしたことで、調停に進展はありませんでしたが、私の訴えはじっくりを聞いてもらうことができました。

正式に離婚できるまで

私の訴え

元夫に調停のドタキャンをされ、 最初の調停では私の訴えだけを聞いてもらうことになりました。

限られた時間内で、取り乱すことなく訴えることができるよう、私は訴えの内容を文書にしておきました。

以下がそれになります。

○夫婦生活に対する精神的苦痛

三年間の結婚生活において夫婦生活が皆無であった。

いくら実母とは言え、軽々しく相談できる内容では無かったため、最初は自分に原因があるのではないかと産婦人科に受診し、また自分に原因が無いことが確認できると、次は○○○○氏の健康状態を心配し、○○○○氏を受診させるにはどうしたらいいかと、かなり長期間に渡り深刻に悩み続けていた結果、不貞行為の発覚という形で、私があれほどまでに心配し悩み続けていた○○○○氏の健康が証明されたというのは、女性として屈辱以外のなにものでもない。

また、通信販売でパソコンの部品を調達することの多い○○○○氏には、届く小包が非常に多かったのであるが、その一部にパソコン部品を扱うには少しユニークな店舗名のものがあったため、調べてみると、女子高校生の制服を通信販売している店舗のものであった。

本件が発覚した以上、○○○○氏の趣味の範囲と理解することはできず、生理的嫌悪感でしか無くなってしまった。

○謝罪が一切なかった

○○○○氏は、「心の中では自分の行いの認識及びそれに対する反省は十分にあるのだが、「謝罪」として表現することが自己崩壊に繋がるので、それはどうしてもできない。」と私の父に発言した。

また、○○家の母が言うには「喉元まで言葉は出ているのだけれど、どうしても謝ることができないでいるだけで、そう育ててしまった自分たちが悪いのだが、ここは親に免じて許して欲しい。」とも言われた。

しかし、「すまん。」「悪かった。」など、どんな軽い表現でも、謝罪の意はあるべきではないだろうか。

「謝罪の意を表明できない男性」と今後結婚生活を続けていくことは、事が起こる度に私の心に蓄積される暗い部分が増えていくのみと容易に想像でき、結婚生活を断念せざるを得ないと判断した。

○嘘でかためられた発言

本件発覚後、○○家両親の前で○○○○氏は「すでに終わったことだ。」と発言していたが、実際には関係が続いていたことが後に判明している。

私は不貞相手に対し、○○○○氏との交際の中止を要請し、その誓約書の提出を依頼したが、もちろん誓約書の提出などあるはずもなかった。

その話をした際に、不貞相手より謝罪のメールが自分宛てに来ていると○○○○氏が言うので、そのメールを私宛てに転送するよう再三要請したが、メールが転送されることは無かった。

おそらくそのようなメールは存在しないと思わざるを得ない。

また、私が不貞相手に対し誓約書の請求を依頼した直後、不貞相手の支社長から謝罪の連絡があったと○○○○氏から発言があった。

自分の社会的立場を貶めたと言って、ひどい暴言を私に対して発言していたが、果たして一介の会社員の不倫行為ごときで、支社長レベルからの謝罪などあるであろうか。

その後も、主に携帯電話を使用して連絡を取り合っていたし、また、パソコンの前であれば、メッセンジャー機能を利用したコミュニケーションのやり取りも可能である。

「自分の会社ではメッセンジャーの使用は禁じられている(Fire Wallでメッセンジャーのパケットを通さない設定になっているため物理的にできない)ので、IDなど取得していない。」との回答があったが、○○○○氏の会社ではメッセンジャー使用を物理的に禁ずることはしていない。

○○○○氏のIDを知っていた私は同じメッセンジャーを使用し、業務中に本人がこまめにそれを利用していたことが判明している。

もちろん、メッセンジャーでの会話の相手が不貞相手のみとは限らないが、以上の言動から、私との関係を修復するための「嘘」ではなく、かえって関係を悪化させるのを承知の上での言動ととらざるを得ない。

○あまりにも誠意が無い

本件発覚後、○○○○氏の暴言がひどくなり、義母にその旨を相談しても、「本当は優しい子だから。」「何とか頑張って夕食を作り、家庭でのコミュニケーションをとるように。」との回答を信じ、しばし努力を行ったが、○○○○氏からは労いの言葉ひとつかけてもらえることもなく、話し掛けても無視をされ、機嫌が悪い時の暴言はひどいものであった。

休職せざるを得なかった私の病状が、目に見えるものではないため、理解を得るのは難しいここと考え、理解を得る努力また病状を悪化させない努力を行ってきたが、家事を行うどころか自分のことすらままならない状態になるに至って、○○○○氏への恐怖感そのものがかえって私の病状の回復を妨げるのではと、医師と相談の上、 実家で静養を行うこととした。

本来であれば、原因が原因であることから、こちらから連絡をせずとも、早急に私の実家へ連絡をとった上で足を運ぶことが誠意であると私は考えるのであるが、再三の呼び出しに応じて、ようやく実家へ足を運んだというのが実状であった。

○○○○氏からの自主的な連絡を待っていたのだが、それがなかったため、 私の父の配慮で、○○○○氏の気持ちを考えると義父からの呼び出しでは辛かろうと、 ○○○○氏の父へ伝言を頼む形をとったが折り返しの連絡はなく、結局は私がメールで連絡をつけることとなった。 (携帯電話に何度も連絡を入れたが、留守電になるばかりで私すら直接話をすることはできなかった。)。)

本件は、あくまでも○○○○氏と私との問題であるため、○○家の両親も私の両親も厳密に言えば関係はないのだが、私自身は○○家の嫁であり、それまでは○○家に相談を行ってきた。ところが実家での静養が必要と医師に診断された以上、義母に連絡をとり、診断書のFAX及びこれから実家に帰る旨の報告を行った上で行動をした。

私の考える常識では、本来○○家の人間である私がすでに籍から抜けている実家で静養することになるのであり 原因が原因であることから○○家からの連絡があるのが当然と考えていた。

ところが実際には電話一本の連絡もなく、○○○○氏を呼び出すために、私の父が義父に連絡をとった際にも「どうもうちのが遊んでしまったようで…」というのみで謝罪は無かった。

3週間の静養を終え自宅へ帰る際、私の母から義母へ無事に帰した旨電話を入れたのだが、「本来うちで世話をすべきところをお世話になりました。」といった発言は無く、私は○○○○氏の両親から私の両親に対しての謝罪もあってしかるべきかと考えていたが、実際には、両親の側からも「謝罪」ととれる行動は一切無かった。

実家での静養後、関係の修復を求めて○○○○氏との生活を再開させたが、私が実家に帰っている間、優しい言葉をかけるどころか私を気遣うような発言は一切なく、電話及びメール一通自発的に連絡をとってくれることなど無かった。

一方で自宅に帰ってすぐ、私が病気と闘っていた最中にもかかわらず、不貞相手とは連絡をとっていたことが判明。

自宅に戻って3日目、夕食時に発作を起こした私に対して、「見苦しいんだよ!見ているだけで不機嫌になるから、さっさとあっち(寝室)に行っちまえ!」と怒鳴られ、これ以上は無理と判断、この日初めて離婚を決意し、両親に連絡の上、深夜ではあったが迎えにきてもらい再度実家へ戻ることとした。

その際、私の父から「今後のことは誠意を持って対処するよう」約束をしたにもかかわらず、
1) 離婚届が送り付けられてきた。
2) 父が「誠意の証」として車のキーを預かったにもかかわらず車は持ち出されていた。
3) 勝手に自分の衣類のみを運び出されていた。
4) 現住所の電話を使用できないように、電話回線及び電話機の電源が抜かれていた。
5) 私に何の事前通達もなく、携帯電話の使用を止められた。
6) プライベート用とはいえメールアドレスのアカウントが削除されていた。
特に4)と5)については、休職中とはいえ何かあった場合の連絡先であったため、少なからず復職を予定している私の妨害を行われたと言わざるを得ない。

○暴言の数々
●今の物件は俺の名義なんだから(賃貸ですが)出て行くのはお前だっ、明日朝一番に新居を見つけて明日中に出て行け!
●俺が車を貰うかわりに通帳はくれてやるっ!車の方が価値が高いだろうから、残債払ってやればそれで気が済むだろう!
●出るとこ(裁判所)出てやろうじゃないかっ!こんなところ(二人で)で話してたって何の解決にもなりゃしねーよ!
●訴えりゃいだろうがっ!まぁ俺が負けるんだろうけれどなっ。そうして俺を気の済むまでボロボロにすりゃあ気が済むんだろう!
●ごろごろしてるから直るものも直らないんだよ!(私の病状に対して)
●例えお前の職場がお前の休職を許そうが、俺は許さないからな。社会人として組織に属して給料もらっている以上、俺は休職しているお前を絶対に許さない!
他、多数。

男性女性に関わらず、自分の配偶者に不貞行為を行われた者は、まず最初にその生理的嫌悪感に苛まれ、その克服が課されることかと思います。

私も本件発覚後、その生理的嫌悪感を取り除くべく気持ちの整理をしてきましたが、実際には、その時になって自分が彼を受け入れられるかどうか、 こればかりはその時になってみないと分からないという不安と戦ってきました。

非常に文章にしにくいことですが、求められた時に自分の体がどう反応するか、そして応じられなかった場合、それに対して彼がどういう言動にでるか。

不安が消えることはありませんでしたが、少しずつ落ち着くにつけ、こういうことは「許す」とか「許される」という問題ではなく、彼が私のところに精神的に戻ってき、夫婦生活こそありませんでしたが、仲睦まじく生活していた頃に戻りさえできれば、あとは時間が解決してくれると信じ、より絆の強い夫婦として、いい人生を送って行けると祈っておりました。

実際はそういうことはなく、○○○○氏の言動から離婚を決意することとなりました。

病床にある妻へは連絡一本よこすこともなく、不貞相手とは連絡をとっていたことと、最後の暴言が私にこの決心をさせることとなりました。

この苦しみは決して金額で補えるものではありません。

離婚そのものに対する決意は固まっておりますが、今回の件が私の今後の男性観や結婚観にどういう影響を及ぼすか、その不安を抱えて今後の人生を歩んで行かなくてはならなくなってしまったことには、言葉では尽くしがたい怒りや悲しみを感じております。

今はただひたすらに、本当の意味での社会復帰を目指すことで自分を奮い立たせるようにしておりますが、本件で私は一度死んだものと感じております。

○○○○氏には、精神的に一人の人間を死に追いやったという認識を持って貰いたい、人を殺すには何も凶器を用いずとも、言葉でもできる、 そして自分はそれをしたのだという認識を持たせることで、私の中での今回の件は整理がつくと考えています。

いくら文章を用意しようとも、訴え話し始めると、やはり取り乱してしまい、涙ながらの訴えになってしまいました。

調停委員の方は「それはさぞかしお辛かったでしょうね。 あなたの人生の時間をなるべく無駄にしないように、早期解決に向けて頑張りましょう。」 と言ってくださいました。

ところが年度末で裁判所の都合がつかず、 次回の調停まで二ヶ月近く待たされることになってしまいました。


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