私の離婚体験談

完治に3年~私のその後

私の病気は完治するのに3年もの時間がかかってしまいました。元夫と生活を共にしていた期間と同じくらいの長さです。もう二度とこんな苦しい思いはしたくありませんし、他の誰にもこんな思いはして欲しくないと思います。

私のその後

完治に3年

私の体調は一進一退を繰り返し、結局完治に3年を要してしまいました。

精神的な病は、外科的なもののように傷が塞がるのを目で確認できるわけではありません。

あからさまに、吐き気や眩暈・頭痛といった症状が出る時は判りやすくていいのですが、体は元気なのに頭の中だけがおかしくなっていて、言動が普通じゃなくなっている時はとても厄介です。

通院も長くなると、私はこのまま完治などできずに、一生病気を抱えて生きていくんじゃないだろうかと、不安に苛まれました。

最初に受診した先生とは相性も良く、あのまま同じ先生に診てもらいたかったのですが、引越しをしたことでその病院への通院は時間が取れなくなり、紹介状を書いて頂き、新たな先生にお世話になることになります。

ところが幾ら時間がたっても一向に良くならず、あまりお話を聞いて貰えない先生だったことから不信感が募ってしまい、それがますます私の治療の妨げになってしまいました。

旦那と知り合ったのはちょうどその頃です。

精神的な病とは全く無縁の旦那は、そもそも状態を理解するのに苦労したと思いますが、とても私を気遣ってくれました。

1年半以上通いましたが、一向に変化が無いことから、これは一度別の先生に診てもらおうと思い、一緒に新たな病院を探したり、そこまでの送り迎えをしてくれたりと、物理的な面はもちろんのこと、精神的な面でもずっと私を支えてくれました。

結局3人の先生にお世話になり、最後の先生から「もう来なくても良さそうだね。でもちょっとでもおかしいなと思うようなことがあれば、何時でもすぐに来るんだよ。」 とおっしゃって頂くまで、3年かかりました。

元夫と生活を共にしていた期間と同じくらいの期間を要してしまったのです。

過ぎた今だからこそ、こうして簡単に話せていますが、もう二度とこんな苦しい思いはしたくありません。

そして他の誰にもこんな思いはして欲しくないと思っています。

今、私はたぶん元気です。

3年もの間、職場には迷惑をかけ通し、その時の同僚には今でも頭が上がりません。

休みがちなだけでも現場は大変な思いをするというのに、出勤したらしたで、訳の判らない行動があったことと思います。

でも誰もそのことには触れず、暖かく見守ってくださいました。

友人は言うまでも無く、折を見て私を遊びに連れ出してくれたり、その上出先で気分が悪くなって介抱させてしまったり…

そして、口汚い私の愚痴を辛抱強く聞いてくれました。

家族は私の一番の支えでした。

「俺の娘をこんな目に合わしやがって!」と元夫に向かった時の父の顔、骨と皮だけになった私の体を見て泣き出した母の顔、ぼーっとしている私に向かって矢継ぎ早に笑い話を投げかけてくれた弟の顔、一生忘れません。

どうか、皆さん。周りの人を大事にしてくださいね。

自分の窮地を救ってくれるのは、些細だけれど暖かい、言葉や態度や気持ちだったりするのですから…


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